細部までこだわり抜いた絵作り

プロデューサー 佐藤 恵 / チーフデザイナー 小林 誠太

陽だまりの中に置かれている一片のコンクリートに「いま、やるべきことをやる。」とコピーが添えられた一見シンプルな新聞広告。

これは、西松建設が実用化を目指す、環境に優しいコンクリート「ジオポリマー」の取り組みを伝えるもので、「第48回 日経産業新聞広告賞」大賞を受賞しています。

ジオポリマーとは、通常のコンクリートに比べて製造過程で排出するCO2を75%以上削減できる技術として注目されている素材。同社は10年以上前からその研究開発に取り組んできました。

これまでのジオポリマーは寒さに弱く温暖な地域でしか使用できないという課題がありましたが、西松建設は耐凍害性を大幅に向上させた独自の技術を開発。今後は実用化に向け、寒冷地を含めた実環境での検証を他社と共同で進めています。

コロナ禍の影響で建設現場も止まり、環境問題やSDGsの話題が多くあがる今の世の中において、実直に「いまやるべきこと」と向き合い続けてきた西松建設。

その姿勢を、どのように捉え、伝えるべく新聞広告を作ったのでしょうか? 担当したプロデューサーの佐藤恵氏、チーフデザイナーの小林誠太氏に聞きました。

(構成:都田ミツコ/編集:吉田恵理/取材・編集:くいしん

プロデューサー
佐藤 恵 / Megumu SATO
80年生まれ。東京生まれ埼玉育ち。ディクターズカムパニー・レモン、TYOを経て2021年よりセイタロウデザイン に映像事業部の設立に参画。TVCMを中心にwebムービー、企業VPやMusicVideoなどジャンルを問わず幅広くプロデュース。明るい現場づくりと美味しいお店探しが得意。

チーフデザイナー
小林 誠太 / Seita KOBAYASHI
90年生まれ。長野県出身。東京デザイナー学院グラフィックデザイン学科卒業。いくつかのデザイン事務所を経て、2016年セイタロウデザイン入社、その後、日本デザインセンター色部デザイン研究所を経て、2020年に再びセイタロウデザイン入社。VI・フォント設計、サイン計画、広告、エディトリアルなどを主に手がける。クライアントワーク以外にも、代表の山﨑とのユニットでグラフィックアートワークの制作活動など、グラフィックデザインの領域を軸に視覚表現の探究を勢力的に行っている。

実直な姿勢を伝えたい、カーボンニュートラルへの挑戦

── 今回の新聞広告制作のきっかけについて教えてください。

佐藤 僕は2021年1月にセイタロウデザインに入社したのですが、前職で2019年末から2020年初めにかけて、新社屋のエントランスムービーを制作したことがあったんです。同社が建設に関わってきたダムや高層ビルなどの建築、土木作業の様子、タイの海外事業部などの様子を撮影したものでした。

その後、2020年に新聞広告を作りたいというお話しをいただきました。その時、同社は2020年4月に発令された初めての緊急事態宣言を受けて「工事中止」を建設業界で一番最初に宣言した会社で、その姿勢が社会的に評価されていました。

それを受けて「いま、やるべきことをやる。」というコピーの新聞広告を制作しました。ビジュアルには、以前撮影したものからダムや事業部の様子を使っています。

── 「いま、やるべきことをやる。」というコピーにはどんな想いが込められていたんでしょうか。

佐藤 建設現場は天候に左右されるし、準備しても明日どうなるかわからない。あからさまに言わないまでも、そこには「コロナ禍」でもという意味合いも含まれます。それでも実直に誠実に「いま、やるべきことをやる。」のが西松建設が続けてきたことです。その姿勢を新聞広告で打ち出したところ、非常に好評をいただきました。

そして僕がセイタロウデザインに移ってから、また新聞広告を出したいというお話をいただいたのが今回の案件です。西松建設の方針をよく表している「いま、やるべきことをやる。」というコピーを踏襲しつつ、エモーショナルなコピーライティングに相応しい具体的な事例を探しました。

── なぜジオポリマーを取り上げることになったのでしょうか?

佐藤 いくつかの案を検討していく中で、先方から出てきた案のひとつがジオポリマーでした。自然環境に対する意識が高まっていることと、同社は2030年までにCO2排出ネットゼロにチャレンジしていることもあって、環境に配慮した取り組みとしてジオポリマーが選ばれました。

── ジオポリマーはどのようにしてCO2排出削減に貢献しているのですか?

佐藤 ジオポリマーは西松建設が2010年頃から第一人者として研究開発を続けている新しいコンクリートです。今はセメントコンクリートが主流ですが、その製造過程で大量のCO2が発生してしまいます。しかしジオポリマーはCO2の発生量を通常に比べて75%以上削減することができる上に、丈夫で劣化が少ないという未来の素材です。

ジオポリマーは火力発電で出る大量の灰を使って作られるので再生利用の観点からも環境に優しいといえます。現在はまだ実用化には至ってないものの、ジオポリマー実現への取り組みによって、令和2年度気候変動アクション環境大臣表彰(環境省主催)を受賞しています。

── ジオポリマーが実用化されたらどんなことが期待できるのでしょうか?

小林 耐酸性が強く経年劣化しにくいので下水道官などの劣化を防ぐことができます。たとえば、高度経済成長期に作られた橋や道路などのインフラ設備をジオポリマーに置き換えることで老朽化を改善できる可能性があります。

佐藤 下水道官や温泉などから酸が出てくるので、コンクリートが腐食して劣化してしまうんです。従来のセメントコンクリートは厚みが減ってしまいますし、堤防のテトラポットなども腐食してしまいます。ジオポリマーは通常のコンクリートに比べて劣化に強いんです。また耐火性に優れ熱でヒビが入りにくいのも特徴です。

コンクリートを美しく未来的なビジュアルに

── どのような提案を経て、シンプルで印象的なビジュアルに行き着いたのでしょうか?

小林 ムービーのディレクターを務めた高崎健太氏がクリエイティブディレクターとして大枠のアイデアを出してくれました。方向性としては、シンプルにジオポリマーの絵を使ってコピーと一緒に見せていくものでした。これを受けて僕の方でアイデアをビジュアル化して提案しています。

先方への提案では、コンクリートでメッセージをつくる案、コンクリートでできた卵のような近未来の造形を連想させるモチーフをメインにした案もありました。ジオポリマーの「ジオ」には「地球」という意味があるので、コンクリートの球体を地球に見立てるレイアウトも提案しました。全体的に未来を感じさせる知的な印象を意識していました。

佐藤 これらの提案の中からにコンクリートの角をアップにした案と、最終的に選ばれた案のふたつに絞られました。

── この2案が選ばれた理由は何だったのでしょうか?

小林 いずれも環境に優しい取り組みだと一目で伝わることと、ジオポリマーのコンクリート素材をストレートに見せる方向性だったからです。珍しいケースなのですが、どちらの案も気に入っていただいたので実際にふたつの案とも撮影してからB案かC案かを選んでいただくことになりました。

── 撮影はどうやって行われたのでしょうか?

小林 ふたつの案を検証しながら撮影を進めました。環境に優しいイメージを優先するためにグリーンを入れてほしいとクライアントから要望をいただいて加えたりしています。木の陰がどのくらい映り込むかで印象が変わるので、人が木を手に持って映り込みのパターンを検証しながら撮影しました。

── コンクリートがとても美しい、まるでアート作品のように見えるのですが、どうやって撮影したのですか?

小林 西松建設の高度な技術力を表現するため、コンクリートを精緻に扱うことで、美術館の展示作品のようなニュアンスが出るよう意識しました。

まずは、白い空間の中でそのままコンクリートを撮ると黒っぽく見えるので、背景を全部グレーにして、撮影後のレタッチで画面全体のトーンをあげて全体の色の濃度を均一に調整することで白っぽく綺麗に見せています。

── 床の映り込みも、美術館に飾られているかのように見えます。

床の上に透明なアクリル板を敷いて、その上にコンクリートを置くことで、影が映るようにしました。反射がないバージョンと比較したのですがあったほうが圧倒的にコンクリートが際立って良いということになりました。

また、影の伸びが大きければ大きいほどコンクリートの存在感が引き立ったり、影の映り込みのボケ感がどれくらい出るかでも存在感が変わってくるので念入りに確認しました。

── 未来の素材感を出すために、他にどんな工夫をしたのですか?

佐藤 4面すべてを撮影して、どの面が素敵に見えるかを検証しました。また、細かい点ではありますが実際のコンクリートは表面が凸凹しているので、それをレタッチしてエッジのざらつきを取り除いています。

小林 一般の人にはジオポリマーは、一見普通のコンクリートに見えます。普通のコンクリートを、いかに普通ではなく、未来的に見せるかに一番頭をひねりました。シンプルだからこそ要素の一つひとつに目がいくはずなので、最後まで気が抜けませんでしたね。

今だからこそ、ジオポリマーと向き合い続けた成果を伝えられた

── この案件を振り返っていかがでしたか?

小林 最初のラフからほとんど変わっていないのは意外とすごいことだと思います。また、「ここはよくなかった」という妥協点がなく、すべてに関して詰め切れたことがよかったです。時には様々な事情を考慮する上で折衷案を探さなければならないこともあるのですが、常にこういう意識でものづくりができれば最高だなと思います。

佐藤 クライアントが自分たちの提案をよしとしてくれて、一緒になってものづくりができたのがうれしいですね。

── なぜ今回はそういったよい形で進められたのでしょうか?

佐藤 やはり信頼関係だと思います。私たちがつくるものに関してクライアントがすごく評価してくださっているので、先方は熱意がありながらも「プロに任せる」という意味で一歩引いて見守ってくださっていました。その上で私たちはクライアントが求めているものをご提案して、結果的に素晴らしいものが出来上がっていく。そういった関係を築くことができていたと思います。

またジオポリマーを打ち出すタイミングに関しても、よかったと思います。

── 今は世の中的にSDGsなどの関心が高まってきているタイミングでもあります。

西松建設はもうずっと前からジオポリマーの研究に取り組んでいますが、環境問題に対する世間の注目には波があります。研究成果が出てきており、世の中の関心が高まっている今こそが取り上げるのに最適な時期でした。そういった機運を逃さずに制作できたことも、いい結果につながった理由のひとつだと思います。

プロジェクトトーク一覧