コロナで街が死んでしまう前に。空き物件の総合プロデュース。

インテリアデザイナー 宮川 智志

新型コロナウイルスの影響で、多くの飲食店が閉店を余儀なくされ、日本中の街から活気が失われていきました。

今回、紹介するのは、パンデミックの影響を受けていた2020年11月に金沢市笠市町でオープンし、地元メディアで話題を呼んだ創作ダイニング「ICHIUME(以下、イチウメ)」。

このお店のプロジェクトは、セイタロウデザイン金沢支社の代表を務めるインテリアデザイナーの宮川氏が、空き物件を利用して飲食店の業態設計から内装、経営計画までを含めた総合プランを自ら考え、出店してくれる出資者を募ったことから始まりました。

金沢で生まれ育った宮川氏は、街から次々にテナントが撤退していく様子を目の当たりにして「この状況が続けば、金沢の街が死んでしまう」という危機感から行動したといいます。デザイナーという枠を超えたチャレンジは、どのような軌跡を辿って実現したのかお話を聞きました。

(構成:都田ミツコ/編集:吉田恵理/取材・編集:くいしん

株式会社セイタロウデザイン金沢 代表取締役、インテリアデザイナー
宮川 智志
85年生まれ。石川県出身。建築設計事務所、インテリアデザイン会社を経て2011年独立。インテリアデザイン会社を設立の後、2016年株式会社セイタロウデザイン金沢に合流。インテリアデザイン以外にも様々なプロジェクトを展開し、東京と金沢の2拠点にて建築及びインテリアデザイン業務を行っている。主な受賞歴はいしかわインテリアデザイン賞大賞,石川県デザイン展商工会議所連合会会頭賞など。

街から消えた明かりを再び灯したい

── 空き物件で飲食店を開業するために、飲食店経営の総合的なプランを提案する、という珍しいプロジェクトですが、どうやって始まったのですか?

これまでも飲食店の店舗デザインなどを行っていましたが、コロナ禍でお店が撤退していく金沢の街を見て「このまま空き物件が増えていくと、街として終わってしまうかもしれない」と危機感を抱きました。店舗や空間のデザインだけではなく、もっと手前の段階からできることはないかと思い、毎日物件サイトを見ていたんです。

リサーチしていると、通常なら借りられないような、駅前の好立地なのに賃料の安い物件がたくさん空いていることがわかりました。そこでまずは「この立地ではこういう業態なら成功するのでは」という飲食店のドラフトプランをいくつか作りました。

たとえばハンバーガーショップや、創作ダイニングなどです。そのプランを知り合いの飲食店経営者に持ち込み、提案しました。その中のひとつが小松市にある「ダイニングウメボシ」という梅を扱う飲食店のオーナーさんでした。

── なぜダイニングウメボシさんに提案しようと思ったのでしょうか?

僕が選んだのは、賃料が安くてカウンター6席ほどしか作れない小さなスペースの物件だったので、食材をストックしておく場所が広くありません。だから絞った食材を提供されている飲食店さんが特に適していると考えていました。それに加えてダイニングウメボシさんはすでにご自身の店舗があるので、それをカウンターのお店に転用してもビジネスとして成立すると思いました。

── コロナ禍で出店するリスクは大きかったのではないでしょうか?

実は、ダイニングウメボシさん側にはまったく負担がかからないプランにしているんです。政府や商店街などの助成金などの制度を活用することで初期費用を回収できる計画をしています。「お店が無料で1店舗増えます」という持ち込みの仕方をしているので、オーナーさんには「宮川さんのやりたいようにしてくれればいいよ」と言っていただきました。

以前、ダイニングウメボシさんの内装やプロデュース的な部分のお手伝いしていたので、信頼していただけたこともあると思います。オーナーさん自身、地域への危機感を覚えていらしたので「地域創生という志があるなら一緒にやりたい」と協力してくださいました。

スリムで柔軟な新しい飲食店の形を作る

── このプロジェクトではどの部分に注力したのですか?

店舗設計をする上で内装を可能な限りシンプルにしたり、賃料や人件費などの固定費をできるだけ抑えて余計なコストを削ぎ落としたお店を作ることです。

飲食店の開業費用は通常1,000万円程掛かるので、5年ほどかけて回収を目指すことになります。でも僕は常々、「もっとカジュアルにお店を作ってはいけないのかな?」と思っていました。

今回、コロナ禍によってそれが実現できるチャンスが生まれました。空き店舗と、資金力がありながらコロナで飲食店を出店しづらくなっている企業を結び付けることができると思いました。

──店舗の内装は、どんなところにポイントを置いたのでしょうか?

コストをかけずにいいお店を作るために、マテリアルの置き換えを試していました。たとえばカウンターには高価な金物型を使ったりすることが多いのですが、メタル塗料で似たようなディテールを出すことを提案しました。

これまで、僕は飲食店のインテリアには普遍性が求められていると思っていました。お店のコンセプトや変わらない美学が、固定客を掴んでいくと考えていたんです。もちろん、それも必要な要素なのですが、コロナによってそれよりも「可変性」が大切になってきたと思ったんです。

── 可変性……?

たとえば、営業時間の短縮に対応するために少ない人数でお店を回す場合に備えたりすることです。イチウメでは、カウンターの下に引き出しをつけて、中にカトラリーやメニューをすべて収納できるようにしています。お客さんにセルフで使っていただくことで、スタッフのワンオペに対応できるようにしました。

また、テイクアウトを始める場合に順応できるレイアウトにしています。キッチン側の壁に小窓を付けて、店内のオペレーションを回しながら、窓からテイクアウトに対応できる導線をつくるなど、細かく考えながら工夫をしました。

コロナの収束後に備えた可変性のひとつとして、店舗の2階を余白として残しています。インバウンドが復活したら2階を改修して席数を増やすプランを想定しているんです。

他のお店と差別化しようとすると、どうしても高価な商材を入れたり、オリジナルの物を作ったりします。ですが、開業する前にお金をかけすぎると、コロナ禍などでお店を閉めるような事態によってすぐに潰れてしまうと思いました。

それよりも、ローコストで開業できて、週に3日間だけの営業でもやっていけるような店作りをテーマにしていました。コロナ禍でのスモールビジネスの指標を作ることができればいいと思っています。

── 「地方創生」という文脈で語っても、かなり本質的な取り組みではないかと感じました。

一番大切なのは金沢の街を死なせないことですから。今回、イチウメさんのケースでは数字的な部分を公表しています。「これほどローカロリーでも、お店はワークする」という事実を見てもらえれば、もう少し企業や個人で飲食店を出店したい人たちが挑戦しやすくなるのではないかと思っています。

デザイナーの枠を超え、店舗づくりにコミット

── デザイナーの枠を超えて、物件探しや業態の選定、店舗設計までコミットしようと思ったのはなぜですか?

より具体性のある提案をすることによって、出店する人の勝率を上げたいと思ったからです。現状を打破するためにはそれが必要だと思いました。

職能としてできることなら、出し惜しみするべきではないなと思いました。当時は僕もコロナの影響で案件がストップしたりして時間もありましたから、お役に立つのであればできる限りの事をやっていきたいと考えていました。

── デザイナーというより、もはや飲食業専門のコンサルタントですね! どうやってそうした知見を身に付けたのですか?

飲食店の出店に携わらせていただくと、店舗の回転率や利益の出し方などについて、僕らもお話を聞かせていただく機会があります。インテリアデザインのお仕事を受注した場合はその部分まで口を出したりはしないのですが、今回初めて挑戦させてもらいました。

実は今までもこういったプランを何回も思いついて提案したことはあったのですが、出資者がなかなか見つからず実現できませんでした。コロナ禍で多くの経営者の方が困っていて「何かできませんか」と相談を受けたこともあって、現実のものにするチャンスが生まれました。

──今回のプロジェクトは宮川さんにとってどんなものでしたか?

今回、プロジェクトの計画立案などの上流工程から関わることで、「自分の仕事は街づくりと直結しているな」と改めて感じました。そこからコミットすることは本当に大変ですが、実行して人を巻き込むことでお店をひとつ作ることができました。すると、街に明かりがもうひとつ灯るんだなと実感できたんです。そういうお店が増えていけば金沢の街が死ぬことはないと思っています。

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