広告の裏側にある保険会社の覚悟

クリエイティブディレクター  原田 剛志

2018年から放映されている、「さあ、いい方の未来へ」というコピーが印象的なTVCM。三井住友海上、あいおいニッセイ同和損保などの保険会社を束ねるMS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社の広告プロモーションのひとつです。セイタロウデザインがTVCM、新聞広告、WEBを連動させたクリエイティブプランを企画し、制作しました。

https://www.youtube.com/watch?v=ECREWqzrwN4

この広告は、従来の保険会社の「事故や病気に備える」「災害による損失を補填する」というイメージから「社会をよりよい方向へ進歩させる会社」へのアップデートを図りました。

社会的な課題や環境問題を取り上げた新聞広告は「第68回 日経広告賞金融部門 優秀賞」を、TVCMは「第50回フジサンケイグループ広告大賞 特別賞」を受賞しています。

成功の背景にはクライアントの覚悟ある決断と、記事のクオリティにこだわり抜いたクリエイティブの努力があったといいます。

このプロジェクトを担当したクリエイティブディレクターの原田氏(@tsuyo20012000)に、コンペ獲得から、企画・制作などのお話を聞きました。

(構成:都田ミツコ/編集:くいしん

クリエイティブディレクター、コピーライター
原田 剛志 / Tsuyoshi HARADA
1982年、埼玉県出身。法政大学経済学部経済学科卒業。2004年、株式会社アド・エンジニアーズ・オブ・トーキョー入社。2013年、クリエイティブ コミュニケイションズ株式会社レマンに入社。2015年から株式会社セイタロウデザインに勤務。新聞、雑誌、交通メディアなどのグラフィック広告の制作を中心に、テレビCMやラジオCM、カタログ、Webサイトの制作などを手がける。受賞歴は、日経広告賞、日経BP広告賞、日本ユニセフ特別賞など。

 

保険会社の先進的な一面を伝える

── 受注したきっかけは何だったのでしょうか?

2018年にADEX(株式会社日本経済広告社)さんから、コンペの案件としてご相談をいただきました。

コンペの際に提示されていたコミュニケーションの目的は、ホールディングスとしてのイメージ強化や企業価値向上。CMを放送する枠はテレビ東京「ワールドビジネスサテライト(以下、WBS)」で新聞広告は日本経済新聞のみと、ターゲットは投資家やビジネスパーソンに絞られていました。

MS&ADは独自の「価値創造ストーリー」を持っており、それを伝えるための方法を提案するというコンペでした。

── コンペでは、どんな提案をされたのでしょうか。

まずは「価値創造ストーリー」を整理しました。MS&ADは社会に貢献する価値として以下の3つを定義していました。

1. 将来に起こり得るリスクを見つけ、伝える。
2. リスクの発現を防ぎ、影響を小さくする。
3. 起こったことに対し、経済的な負担を小さくする。

これらを行うことで、「レジリエントでサステナブル」、つまり回復力が高く、持続性の高い強靭な社会を2030年までに実現しようとしています。

まずはこの価値を2階建て構造に整理しなおした上で、訴求するべき内容を定義しました。従来の保険会社のイメージは、起きたことに対して補償をしてくれる、つまり3番の部分のみでした。だからこそ、2階建構造の1階部分の「リスクを見つけ、伝える」という取り組みを、これまで以上に伝えるコミュニケーションをしなければならないことを明確にしました。

── 確かに、保険会社に対して「未来のリスクを予想して伝えてくれる」というイメージはありませんでした。

実際、彼らは独自の研究機関を持っていて、リスクを予想して、事前に起きないように回避する研究にすごく力を注いでいるんです。なぜなら、顧客がリスクを回避することは社会的にも、保険会社としてのビジネス的な側面からも一番いいことだからです。

保険会社と社会がWin-Winになるような取り組みをしているというイメージをもっと発信しなければならないと提案しました。これらを発信していくことで、MS&ADは他の保険会社とは異なる、先進性を持った企業であることをイメージしてもらえるようにないのではないかと考えました。

サラリーマンが居酒屋で話したくなる仕掛け

── クライアントの価値を明らかにした上で、どんな伝え方を提案したのでしょうか?

コンテンツとして面白い読み物を出していくことを提案しました。たとえばWBSを自宅で観るときは、オフタイムだとしても少しビジネス寄りの見方をします。日経を読むときも同じです。そのような、オンタイム寄りのオフタイムの中に入り込み、ビジネスパーソンの好奇心を刺激できる内容を発信するべきだと考えました。この広告を見たサラリーマンが翌日飲み屋などで「昨日、MS&ADの広告でこんなこと言ってるのを見たんだよ」「環境問題ってなんとかしなきゃいけないよね」と話題にしたくなるようなコミュニケーションが必要だということです。

具体的な企画案としては、TVCMや新聞広告を入り口に興味を持ってくれた人に対してWebサイトで「実際にはこういう活動をしています」と深掘りした記事を提供する導線を作ることにしました。クライアントが持っていた「Mirai」というWebサイトにコンテンツを蓄積し、オウンドメディアとして活用することを提案しました。

── 伝える内容については、どんな提案をしたのでしょうか?

コンペでは、クリエイティブをA案、B案の2パターンで提案しました。

A案は「このまま2045年を迎えると、夏の平均気温は38℃まで上がり、日本の食料自給率が15%に下がる」という危機訴求型の案です。この社会が抱えているリスクを浮き彫りにすることで、MS&ADが解決しようとしている問題を分かりやすく伝えていきます。

B案は「今の課題を乗り越えた先」という明るい未来を提示する案です。たとえば、「高齢者が元気に生きていけるような社会とは具体的にどんな生活になるのか」という、希望を持てるような内容を描くことで、MS&ADがグループとして社会に提供しようとしている価値を明示します。

訴求内容は、MS&ADが価値創造ストーリーの中で注力する7つの重点課題、サイバーリスクや地域活性化、自然資本などです。それに合わせて7回シリーズの読み物を出していくような設計で提案しました。実はこの段階でコピーの「さあ、いい方の未来へ」も出ていたんです。

── 3つのメディアを連動させる提案ですが、最もポイントとなったのはどの部分だったのでしょうか?

1番のポイントはWebコンテンツでした。TVCMや新聞広告だけではイメージを変えることは難しいと思われたからです。

ビジネスパーソンのアンテナに引っかかるような話題で、読み応えのあるコンテンツを作るために、しっかりした取材記事として出す仕組みが必要でした。

新聞広告では約1年間をかけて、7つあるテーマを2カ月に1度くらいずつ掲載します。その新聞広告にQRコードを付けて、そこからWebに飛ぶと同じテーマでいくつかの記事を読めるようにしたいと思いました。つまり、新聞広告が雑誌の「特集」記事の役割を果たし、その特集に紐付いた深掘り情報がWebで読めるという構造です。この提案がクライアントの心に刺さり、無事にコンペを獲得することができました。

時には海外の研究論文を調べることも!? 怒涛の制作ストーリー

── 制作はどんな風に進んだのでしょうか?

コンペ獲得が2018年の10月半ばに決まった後、12月には広告を出し始めたいということで急ピッチで制作をスタートしました。TVCM・新聞・Webを同時にアップして一気通貫することを自分たちで提案したため、とにかく時間がありませんでした。

TVCMはプレゼンの段階でクライアントの好印象を得ていたのでスムーズに制作が進みました。しかし、新聞広告はコンペ後に大きく変わりました。

https://www.youtube.com/watch?v=nHiuuvXC5tY

── どんなところにが変わったのでしょうか?

先方の担当者が非常に思い切りのある方で、「一面広告じゃインパクトが足りない。A案・B案の両方をやりたい。だから、新聞広告を思い切って見開きにしよう」と言っていただきました。

そこで提案したのが、まず「リスク回避されなかった悪い未来」のページがあり、それをめくったら「MS&ADが目指すいい方の未来」が出てくるという構造で、結果的にその案で新聞広告を作ることになりました。

大変だったのは、7つのテーマ※に対して、メッセージの選択や社会課題や研究論文、データの裏付けなどを調べて、ストーリーを作らなくてはならなかったことです。(※最終的に、広告シリーズは6つのテーマで掲載されました)

── タイトなスケジュールの中で、大変な労力ですね。

たとえば異常気象をテーマにしたときに、「夏の平均気温が2℃上がると、国内の鶏肉の生産量がマイナス15%になる」という切り口で記事を作るのか、はたまた「経済損失が約40兆円になる」というデータがあったとき、こちらを取り上げる方がインパクトが大きいか。

こういうパターンをいくつも検証し、もっとも読者の目を引く話題を探っていくという作業が一番大変であり、また広告の成否を左右するポイントでもありました。

もう1つ大変だったのが、このシリーズ全体の扉となるクリエイティブの制作です。約1年以上に渡る大がかりな企画となるため、どのような世界観でシリーズ全体を統一していくかは非常に重要となります。

そこで、複数のクリエイティブ案をクライアントに提案し、コンペのときから出ていた「さあ、いい方の未来へ」というキャッチコピーを軸に、未知の世界へと進んでいく「帆船」の絵をキービジュアルとして採用することに決まりました。

── リリースまでの2ヶ月弱でこの作業をやり切ったのはすごいですね。

2018年12月の頭に日経紙面でティザー広告が出て、同時にTVCMが流れ始め、その2週間ほど後に第1弾の新聞広告が出ました。

新聞広告が出たあと、Webサイトに「リスク編」のストーリー掲載され、1〜2週間したら「解決編」の記事が公開されるという形で、月に2本ずつ記事をアップしながらサイトを回しました。このサイクルを計6回、約1年続けました。1つ記事をアップしたら、すぐに次のテーマを作り始めなければならないので、この枠の中で常に何かが動いていましたね。

決め手は、クライアントの覚悟

── 記事制作に苦労したということでしたが、特にこだわったポイントはありますか?

具体的な数字を出すことです。「2040年にはこうなるリスクがある」と言われると「2040年って俺まだ50歳じゃん」とリアリティを感じますよね。ドキッさせないと見てもらえないんです。「未来のために備えましょう」と言ってる広告はたくさんありますが、その中でもう一歩踏み込んだコミュニケーションしなければいけないと思っていました。

また、あくまでもホールディングスの広告であるという点も意識していました。「個々の顧客にサービスを届ける」という子会社の役割ではなく、ホールディングスとして「社会に対してどんな価値を提供するか」というコミュニケーションに特化した広告にすることです。そのためにも「こんな保険ができました」という子会社が行うサービス内容は一切入れないようにしました。

── ホールディングスだからこそ、こういう形の広告ができた側面があるんですね。

一般的に、社会問題に具体的に踏み込んだり、それに関する研究や数字を示すこと積極的ではない企業が多いです。

ここまで社会課題に具体的に踏み込んだ内容の広告記事は珍しかったので、「第68回 日経広告賞金融部門 優秀賞」を受賞したときに審査員をされていた大学の教授が「制作者に会いたい」と、うちの会社にわざわざ訪ねて来てくださいました。今年になってから、「第50回フジサンケイグループ広告大賞 特別賞」も受賞しています。

そうした評価をいただけたのは、一歩踏み込んだコミュニケーションを躊躇わなかったクライアントの覚悟あってこそだと思っています。

── 広告を見た方々のリアクションは?

日経新聞のアンケート結果では「保険会社のイメージ変わった」「先進的な取り組みだと思った」という狙った通りの反応が多く、成功だったと思います。

また、このキャンペーンにあわせてリニューアルした「Mirai」サイトも、広告キャンペーンが終わったら放置されるようなWebサイトではなく、中長期的に価値創造に貢献していくことができるものを形に残すことができたと思っています。

すでに、「Mirai」サイトは、よりオウンドメディアとして使いやすい形へのアップデートも終えました。今後も、クライアントからの情報や記事がどんどん発信されていくと思いますので、ぜひ皆さんにも「Mirai」サイトをチェックしていただけると嬉しいですね。

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