子どもと一緒に楽しめるコンテンツを

クリエイティブディレクター  原田 剛志

「水防団」って、聞いたことありますか?

名前から中身を想像する人も多いかもしれませんが、“火災から人々を守る”のが消防団だとしたら、“水害から人々を守る”のが水防団です。

消防団と同じように、地域の会社員や自営業の方々が水防団となって、水害時に備えてくれています。

今回、ご紹介したいセイタロウデザインのお仕事は、そんな水防団を世に広めるために制作した動画です。国土交通省の公式YouTubeチャンネルで配信されている「水防団のおしごと」。

 

地域の水害対策を担う水防団の周知促進を目的に制作されました。画面に映るのはEテレ『ピタゴラスイッチ』でおなじみの「ピタゴラ装置」と呼ばれるカラフルな仕掛けの数々。

ビー玉が転がり、からくりがリズミカルに連鎖していく様子を目で追っていると、動画を観終わった頃には水防団の活動内容がわかるという、遊び心満載のムービー。視聴した子どもたちから「楽しい!」という声が多く寄せられています。

「国の案件」というと、なんとなくお堅いイメージが付きまといます。しかし、固定観念に縛られず、自由に発想することで、大人から子どもまで楽しめる作品をつくることができました。

そこに至った企画提案の経緯や、長時間に渡ったという撮影の裏側を、クリエイティブ・ディレクターの原田氏(@tsuyo20012000)に聞きました。

(構成:都田ミツコ/編集:くいしん)

クリエイティブディレクター、コピーライター
原田 剛志 / Tsuyoshi HARADA
1982年、埼玉県出身。法政大学経済学部経済学科卒業。2004年、株式会社アド・エンジニアーズ・オブ・トーキョー入社。2013年、クリエイティブ コミュニケイションズ株式会社レマンに入社。2015年から株式会社セイタロウデザインに勤務。新聞、雑誌、交通メディアなどのグラフィック広告の制作を中心に、テレビCMやラジオCM、カタログ、Webサイトの制作などを手がける。受賞歴は、日経広告賞、日経BP広告賞、日本ユニセフ特別賞など。

 

遊び心のある仕掛けで、重要性を伝える

── 「水防団」の周知促進ムービーの企画はどうやってスタートしたのでしょうか?

国土交通省から河川情報センターの方を通して、「水防団の存在をプロモーションするために動画をつくりたい」とご相談をいただいたんです。

ちなみに、「水防団」ってご存知でしたか?

── 聞いたことがなかったです……。

若い世代の方には、特に知られていないと感じています。地域の水害対策を担う団体で、各自治体ごとに有志が集まって活動されていることが多いです。

具体的には、雨が降ったときに川の水位がどれくらい上がっているか確認したり、川が氾濫しないよう土嚢を積むなどの水防活動を行ったり、避難が必要な状況であれば住民を誘導したりします。多少の報酬は発生しますが、それだけで食べていける額ではありません。団員の方々は、普段はサラリーマンなど別の仕事をしながら、ほぼボランティアで活動されているんです。

僕らが肌で感じている通り、ここ数年大規模な水害が発生している中で、これまで以上に重要な役割になっていくと思います。だからこそ、つくる意義があったし、クリエイティブの力が必要だったんです。

── 地域に欠かせない存在なんですね。

ところが、「水防団」の認知度が低いために「若い人が入ってくれない」という課題があります。国土交通省からいただいた要望は、「水防団の存在を若い世代に知ってもらいたい」、「若い人に『入団したい』と思ってもらいたい」のふたつでした。

── 最初はどのように企画を考えていったのでしょうか?

そもそも行政機関が配信している動画って、「教習所で見せられる事故映像」みたいな真面目な内容が多いですよね。今の時代に動画をつくるならシェアされないと意味がないのに、それではみんなシェアしようと思わない。

今回は、コンテンツとして楽しめる動画にすることで、「これおもしろいね」とSNSなどで拡散されることを狙いました。まだまだ大きく拡散されているとは言えないので、これから施策を打っていきます。

募集の対象である学生や社会人だけなく、「子どもたちにも、親子で見てもらえるようなもの」を想定して、いくつかの企画を提案をしました。

── どんな案があったのでしょうか?

ひとつは最終的に選ばれたピタゴラ案です。正式名称は「ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」なのですが、僕らはわかりやすくピタゴラと呼んでいました。

「災害の恐ろしさ」ではなく、「遊び心のある仕掛けで、水防団の重要性を伝えられる案」として提案しました。見る人の恐怖心を煽らずに、どうやってやわらかく伝えるかは、今回の重要なテーマでした。

── ピタゴラの仕掛けを言葉で説明するのはすごく難しそうなのですが、クライアントにはどうやって伝えたのでしょうか?

クライアントに「これをやってみたい」と思ってもらうためのイメージビジュアルによる大雑把な世界観の共有と、「この企画でいける」と確信してもらうための細かな情報整理。このふたつを明確に分けて提案を行うことで、目指すべき世界観と伝えるべき情報をきちんと理解してもらえる状況をつくりました。

 

インフォグラフィックから全国規模のイベントまで。多様な案の中から選ばれたピタゴラ

── 他には、どんな案があったのでしょうか?

まずあったのが「危険訴求型」の案で、災害が増加しているというデータをインフォグラフィックのアニメーションで見せていく正攻法な案です。それから水防団の方にインタビューする「ドキュメンタリーもの」。

 

 

また、エッセイ風の「漫画ムービー」も考えていました。たとえば、お笑い芸人のカラテカ・矢部太郎さんみたいな温かみのあるタッチで「水防団に救われた人の話」をハートフルに描いて、共感を呼ぶ案です。

 

あと、水防団は地域ごとに土嚢を積むスピードを競いあったりしているので、それを「sui-1(スイワン)グランプリ」という全国規模のイベントとして広めていく案もありました。ウケはよかったのですが、コロナの時期と重なってしまい見送りになりました。でも「いつかやっていきたいよね」というお話はいただいています。

 

── いくつかの企画の中から、ピタゴラが選ばれたのは決め手はなんでしょう?

若年層に見てもらうことを想定した上で、「水防団への理解」「共感」「インパクト」のバランスが一番いいという理由で選んでいただきました。

── 細部を詰めていった流れは?

絵コンテをつくり込んで、それを見てもらいながら協議を重ねました。ポイントになったのが「動画の長さ」で、見てもらいやすい3分程度にまとめることを決めた上で、要素を絞っていきました。

取捨選択する上で、みんなが知っているような「災害の増加数」などの数値よりも、「水防団の存在」や「水防団が普段どんな活動をしているのか」に重点を置くようにしていました。

── 企画を進めていくなかで、もっとも大変だったのは?

プロジェクトの中で一番大変だったのは撮影なのですが(笑)、企画段階では装置づくりですね。監督と大道具さんに、必須で入れたい要素を「これは外さないでくださいね」とお願いして、彼らから装置のアイデアが絵コンテで上がってくるので、それをクライアントに確認してもらいました。

1カット、50テイク! ピタゴラ装置撮影の裏側

── どうやって撮影されたのでしょうか。

大道具さんのガレージを借りて装置を組みました。真夏に20人くらい男性が集まって撮影したので、エアコンを付けてもみんな汗だくでしたね(笑)。ガレージで組んだ装置をそのままスタジオに運び、各シーンをワンテイクずつカメラを回して撮影していきました。

朝7時にスタートして、翌朝7時に終わるという24時間の強行でした。装置が思ったような動きをしなかったり、装置は上手く機能しているけれど、動画のクオリティを考えると「もっと理想的なタイミングでボールが動いてほしい」といった細部へのこだわりによって、その都度カメラを止めて、やり直して。多いときは1カットに50テイクはかかりました。

── 50テイク!(笑)。どんなカットに苦労されたのでしょうか?

このビー玉が流れるシーンだけで、30テイクはやったと思います(笑)。ビー玉の量を減らしたり増やしたり。

ここも一個ずつ流れていくのが、一個二個残っちゃったりとか。

これが倒れなかったり。

これも変なかさばり方しちゃうから何度もやり直したり(笑)。

ここも勢い良すぎて落ちたりとか。

これが、うしろのひとつだけ戻っていっちゃうとか。

ホント、どのカットもテイク30とか50くらいまで撮りましたね。

── めちゃくちゃ大変ですね(笑)。

映像的にこだわったのは、この辺の光の入り方とか。

装置の一連の動きが終わって、映画『天気の子』じゃないですけど、晴れてパッと太陽光で明るくなる感じ。

撮影のあとに、大きな議論になったのは、「映像の中に細かい解説を書き込んで入れていくのか、最後にまとめて入れるのか」。結果的に後者になって、最後に「解説編」を付けました。

コンテンツはコンテンツ単体として楽しんでもらって、ここまできたら興味を持ってもらえてるので、見てもらえるんじゃないかなと思っています。

── リリース後はどんな反響が?

国交省のアカウントがTwitterで1回発信しただけだったのですが、他の動画よりもいいねや再生数が多かったので喜んでくださっています。

子どもたちが喜んで見てくれている、という声がたくさん届いているのがうれしいですね。「国の案件」となると、どうしてもお堅くなりがちですが「小さい子にも楽しんでもらえる動画をつくる」ことを狙っていたので、成功したといえると思います。

前提となる枠を外してアイデアを出すことでクリエイティブは飛躍する

── ここまで遊び心に溢れた作品ができたのはなぜでしょう?

国の仕事だから、お堅いものをとか、敵をつくらないものをとか、本質的ではない思い込みを外してアイデアを出すことでクリエイティブが飛躍していくんだと思います。その意味で過去に好評だった例に、法務省の「刑務官の募集ポスター」があります。

── 「先輩が、刑務所に入った」……、すごいインパクトですね!

これは大きく話題になった半面、批判を受けることもありました。けれど、正義感を真正面に打ち出して、きれい事を並べただけのポスターでは、誰も応募をしてくれないですし、それこそ税金の無駄づかいだと思うんです。

だから、「先輩が、刑務所に入った」という衝撃的な表現をしてでも、まずは刑務官の存在を知ってもらうことが重要だと考えていました。「刑務官ってあまり知られていないけど、実は高収入だし公務員として安定したいい仕事だよ」という情報が、募集対象である社会人や学生に対して、結果的に一番響くんじゃないかと。

結果、このポスターを掲出した年には、刑務官の応募が10倍になりました。この案件が、うちの行政関係のクリエイティブが増えるきっかけになったと思います。

── インパクトがあるだけではなく、明確な結果につながっているんですね。

行政機関の案件は予算が高くないことが多いですが、工夫次第でおもしろいものはつくれます。与えられた予算でいかにいいものをつくるかというのは、クリエイターとして強く意識しなければいけないと思いますね。

刑務官募集ポスターも水防団ムービーも、「国の案件だから」と制限をかけずに、「どうしたらコンテンツとしておもしろいものができるか」を、徹底的に考えてみることを大切にしていました。だからこそいい結果が出たんだと思います。

 

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